季節の話:「脾」の故障〜映画「嫌われ松子の一生」から見える二つのこと〜
先日、ひょんなことから映画「嫌われ松子の一生」を見る機会を得た。なんの予備知識もなく、またどのようなものなのか全く知らなかったが、見終えて感心してしまった。

日本人らしい家族の心の行き違いにはじまり、一途な恋愛と裏切りの繰り返しの果ての人間不信、精神的ダメージによるひきこもり、最後は気を取りなおした直後にしかった中学生に撲殺されるという、一貫した“(自分を含めた他者との)すれ違い”が描かれていた。

特に一人暮らしを始めてから、いわゆる“ひきこもり”になり、太っていく様子が妙に生々しく、的を射ていると思う。

人は、単に過食によっても肥えるが、精神的な消耗が思いのほか重要な要因となっている。なかでも憂いや悲しみといった負の感情は、中国医学で謂うところの肺や脾という蔵と関わりが深い。いわゆる過度のストレスによって、この肺と脾が痛むことになり、それとともにそれら二蔵の受け持つ部分に影響が出る(ほとんどの場合、この二蔵がもとより五蔵の中でよく働く、すなわち常に消耗している状態、いわゆる体質にあたる状況がある)。肺が主に痛めば皮膚炎や鼻炎、花粉症といった呼吸器や眠りの浅い状態、夢を多く見る、排尿量の低下と(初期段階は軟便であるが、病が進むにつれ)ひどい便秘(それに伴うむくみや腰、膝の痛み、その果ての肥満)といったものが症状となるだろうし、脾であれば食欲の異常(過食と拒食の繰り返し)、思考の不安定(正常な判断ができなくなり、やる気がなくなるなど、いわゆるうつ病のような状態)、不眠といったものが出てくる。多くの場合、これらの組み合わさって表に現れる。この映画では、さすがにそこまでは描かれていていないが、そういう状態であったろうことが嫌でも想像されてしまう。“すれ違い”を通して心にダメージを受けることにより、「痩」から「肥」という変化が生じてしまうことを、かくも鮮やかに表現しているところに驚きを覚えた。

もう一つ挙げるとすれば、松子が中学生に撲殺されるということだ。平成の世になり、若い人たちの不可解な行動が目につくようになった。それを、この一事でもって辛辣に描ききっている。こうなってきた背景は、社会の変化、すなわち食生活や住環境、労働形態にほかならない。とりわけ食生活の変化は見逃せない。先に触れた、脾という蔵がそれによって傷害されているための行動だからだ。ご存知の通り、子供は生まれてすぐは母乳以外は口にできないし、また物事を考え判断するという知恵を持っていない。というのは、それを受け持つ五蔵のうちの脾だけが未熟な状態で生まれてくるためで、だいたい高校生(思春期の終わる)頃に具わる。その過程での食生活の乱れは、脾の成長を妨げることになり、思慮深さに欠け善悪の判断ができない状態に陥ってしまうのだ。最近、これまであった倫理観というものが通用しなくなっているのもそのためだろう。
なにしろ、最近はファミリーレストランのドリンクバイキングでうろちょろする小さな子供や休日の昼間に親子でジャンクフード店で食事をするといった光景を目にすることが多い。ほかにも、食文化が豊になったために、おいしいジュースやお菓子を離乳後からすぐに与えだしたり、ぐずると手がつけられないために、ごまかしとしてそれらをあげるといったことも挙げられる。
子供は、食物を消化吸収する脾が未熟であるから、当然、味の濃いものや刺激物、冷たいものなどは受け付ける力がそうあるものではない。いわゆるおいしいものは、中国医学では「甘」という字で表される。「うまい」「あまい」と訓じ、それらを取りすぎると、文字通り「甘い」「わがまま」な性格になってしまう。これは大人とて同じ事で、気をつけないと精神的に不安定になってしまう。人は、自身の肉体や精神を思うままに動かしていると錯覚しているけれど、外に現れる状態は皆、あらゆる外部の影響により五蔵が傷害された結果であり、常に五蔵の状態に支配されている。ちなみに、マヨラーといった味の見分けがつかなくなるのも脾が故障したということの徴(しるし)だ。

子供の食生活を管理し健康に育てるのは他の誰でもなく、親でしかない。
とまあ、こんなことを見ながら思った。そのうち原作の小説を読んでみたい。

ところで、この映画では季節との関わりが描かれていなかったが、人は常に自然の変化、すなわち四季の移ろいに応じて五蔵が変化・消耗しつつ生を営んでいる。五蔵の一つである脾は、季節の移り変わる時期の土用(と湿気の多い梅雨)に対応している(これについては「春の土用」、「湿気の話」を合わせて参照のこと)。つまり、土用になれば外界では土気が盛んになり、人の体内ではそれに対応する脾気が同様に盛んになるのである。それが常態であるが、上記のような理由などで脾が消耗していると、季節との間に格差(矛盾)が生じてくる。そうすると、土または脾に関係する症状が出てくることになる。特に多いのは、睡眠の障害や精神の不安定さである。この春の土用(4/17〜5/5)の間に、それを象徴するような殺人事件が立て続けに起きた。おそらく悪い意味での季節の後押しがあったと推測される。

自然およびそれに影響され続ける五蔵に支配されている私たちは、それらから逃れることはできないし、いかに五蔵を補養するか、ということだけが常に目標となるのである。

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| yoshioka49in | 資料室 | 00:56 | comments(0) | trackbacks(3) | -









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