鍼灸の話:陰陽〜診察と治療の背景にあるもの〜
中国医学古典の『素問』という本の陰陽応象大論篇に「以右治左。以左治右。以我知彼。以表知裏(右を以て左を治し、左を以て右を治す。我を以て彼を知り、表を以て裏を知る)」という一節があります。これらは、「陰陽論」の「陰」と「陽」との関係性が素朴に表現されている部分です。
「表」とは文字通り表のことですが、外に現れているすべてのこととも言えます。それに対し「裏」とは、「表」と対をなす言葉であり、見えない内のことを意味します。

鍼灸を業とする者は、当たり前ですがレントゲンなどの画像診断や血液検査といったことは全くできません。できることはただ一つ、「以表知裏」、すなわち症状であったり顔色、声の状態、性格、体型、動きなどなど、「表」に出ているあらゆる情報からそれを実現している「裏(内、蔵、あるいは内蔵、世間で言うところの体質でも良いでしょう)」の状態を把握(類推)します。

例えば、色白の少し太った中年の女性を想像してみて下さい。人によって違いはありますけれど、概ね陽気で良くしゃべり良く笑い、奇策な方が多いと思います。これはいわゆる「表」に出ている情報ですね。しかし、この状態をつくりあげている「内」というのは対照的に深い憂いや悲しみを持つ、常に自身を責めるマイナス思考であろうということが容易に想像できます。というのは、「陰陽」の関係には「陰陽消長」といってシーソーのごとくどちらかが多ければどちらかが少ないという常にいずれかにその比重があるという関係と、「陰陽転化」といっていずれかが極まれば逆の性質に変化するという関係があるんです。ですから、「表」に現れる際立つ陽気さは、「裏」にある対照的な奥深いマイナスの感情の裏返しと理解されます。他にもそれを裏付ける要素があります。それは、太っているということにあります。風船を思い浮かべるとすぐに理解できますが、それに水がたくさん入っていれば膨らみますし、少なければそれだけ形は小さくなります。「肥」=「形がある、物が溜まっている、陰的要素が多い、本当の気持ちを内に秘めている」という具合に類推することが可能なんですね。人は見かけによらないんです。

さて、体(「裏」)の状態がわかれば、次は治療です。「以左知右」という一節も少し前にあるのですが、これは「以陽治陰」とも書き換えが可能です。それは「陰陽論」の論理展開の特徴である「同一の言葉が位相の異なる言葉として通用される(陰−右−裏−下−寒−女、陽−左−表−上−熱−男など)」ということに拠ります。
この「以陽治陰(陽を以て陰を治す)」は上記に従えば「以表治裏」とも置き換えができます。鍼灸は、医学のように体を切り開いて手術をしたり投薬するといった内部への直接的なアプローチができません。皮膚表面あるいはそれより少し深い皮下がその治療の場となります。つまり、あらゆる病気の根源である「裏(内)」にある「内蔵」へのアタックは、「表(外)」にある皮表(いわゆる「ツボ」)を使いなさいということを意味しています。
そんなこんなで、当たり前ですが「ツボ」というやつは体表に設定されているわけです。人体において「表」「陽」にあたる部位といえば、皮膚表面が、さらには手足のそれが最も「陽表」たる部分となります(それをもとに、ツボの数は一年の日数に合わせて設定されていますが、その中でも手足のツボは古代より重要な意味を付与され、現在でも大きな意義があります)。これを知っていれば、たとえ肩が痛くとも、その痛みを発しているであろう筋肉に刺せば良いということにはならない、とわかるんです。もっと言えば、前述の「以表知裏」からもわかるように、「外」に出るあらゆる症状は、すべて「内(蔵)」の状態を反映しているというのが大前提なんですね。すなわち、症状を感じる部分にアプローチしたところで「内」の状態は変化しないということを暗に意味するとともに、「内」に影響を与える鍼灸をしなければならないということも自ずと理解されます。

そうすることで、もう終わりましたけれど薬では一時的に症状を抑えることしかできない花粉症であったり、アトピーや喘息、はたまた形のない不眠であるとか悪い夢をたくさん見るといった症状にも対応が可能になるわけです。


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