鍼灸の話:「七」と「鍼」の関係
中国に限らず数字には、計数的な“実数”と思想的な意味を持つ“虚数”という二つの側面があります。前回の話でも取り上げたお灸の回数でもそうでした。一〜九の奇数(陽の数)で統一されている、つまり陽気を体に補うという意図が込められているという話です。

さて、今回は鍼灸と、その中でも鍼と非常に関わりの深い数“七”を取り上げてみたいと思います。鍼と“七”がどのように関係が深いか?皆目見当がつかないでしょうね。

今現在使われている鍼は、種類こそたくさんありますけれど、特殊な物を除き一般的にはそれらを総称して“毫鍼(ごうしん)”と呼んでいます。これは文字通り細い鍼のことで、とても古い呼称なんです。どれくらい古いか?といいますと、今から約2000年ほど前(後漢代)頃のものということになります。その頃に成立したとされる『霊枢』という医書の最初の篇、「九鍼十二原」といいますけれど、そこに出てくるんです。その篇では、鍼が形状や用途によって九つに分類されており、そのうちの“七番目の鍼”が“毫鍼”というふうに設定されています。参考に経文を書いておきましょう。「九鍼之名。各不同形。一曰…。二曰…。七曰毫鍼。長三寸六分。…毫鍼者。尖如蚊虻喙。静以徐往。微以久留之。而養。以取痛痺(九鍼の名、各々形同じからず。一に曰く…。七に曰く毫鍼。長さ三寸六分。…毫鍼は、尖は蚊虻の喙の如きなり。静かに以て徐に往き、微かに以て久しくこれを留め、しかして養ひ、以て痛痺を取る)」。
これだけでは単なる九種類の鍼のうちの一つくらいのことだろうと思ってしまいますけれど、実は違うんです。この“九鍼”のイデオロギー的な根拠を明らかにした文が、『霊枢』の最後の方にある「九鍼論」という篇や『霊枢』と同じ頃にできたとされる『素問』の「鍼解篇」に出てきます。そこには「七以法星(七は以て星に法る)」「七者星也。星者人也(七は星なり、星は人なり)」「七星」「人歯面目応星(人の歯、面目は星に応ず)」「七鍼益精(七鍼は精を益す)」といったことが書かれているんですね。これだけではいまいちわかりませんから、よく出てくる“七”や“星”という言葉を調べる必要があります。
まずは“七”ですが、これは前漢の『大戴記』易本命に「七主星」とあり、また有名な『漢書』を編纂した班固の書いた『白虎通義』嫁娶に「陽数七」とありますから、先の文とさほど変わりません。
次に、“星”を見てみましょう。『白虎通義』日月に「星者精也」とあり、後漢の有名な字書『説文』に「七。萬物之精(七は、萬物の精なり)」とあります。

以上から、“七”は“星”に通じ、さらには“精”に通じるということが明らかになります。ちなみにこの“精”というのは『霊枢』の「本神」という篇の「生之来。謂之精也。両精相搏。神随往来者。謂之魂。並精而出入者。謂之魄。…(生の来たるや、これを精と謂ふなり。両精相い搏ち、神に随いて往来するものは、これを魂と謂ふ。精に並びて出入するものは、これを魄と謂ふ)」という言葉より、生まれながらにして持っている精気、五蔵の根源ともいうべき気というふうに考えることができます。
従って、この“七番目の鍼”である“毫鍼”は、「七鍼益精(七鍼は精を益す)」と明言されていいますから、体に“精気”引いては“五蔵の気”を補うための鍼として想定されているということがわかるんですね。今風に言えば、なぜ鍼に効果があるのか?ということの一つの答えにもなるかもしれませんね。

もう一歩進んで“精”の陽的な要素が“神”で陰的な要素が“精”、灸=陽に対して鍼=陰という観点から考えると、灸が“陽気”を鍼が“陰気(精気)”を益すものとして捉えられているということも見えてきます。中国医学は、どこまでいっても経験の蓄積ではなく、陰陽・五行といった思想的な言葉の枠組みによって支配されている医学なんです。

今回は少々むつかしい内容でしたので、わからないかもしれませんね。もう少しわかりやすい説明を思いついたら書き直したいと思います。


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