今月の言葉(2008年02月)
「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也」 『孫子』謀攻篇より

「百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

「兵」を「病」に置き換えれば、すぐさま治療の方法に様変わりする。治療の要は、戦の法と同じく戦わずして勝つことである。「病(症状)」をたたくは次善の策にして最善の策にはあらず。「病」を生じている「国」たる人の状態を治めることこそが上策なのである。「全国為上、破国次之、全軍為上。破軍次之(国を全うするを上と為し、国を破るは之れに次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之れに次ぐ)」とし、「上兵伐誅、其次伐交、其次下攻城(上兵は謀を伐つ、其の次は交を伐つ、其の下は城を攻む)」と格付けるのはそのためである。

なお、「攻城之法、為不得已(攻城の法は、已むを得ざるが為めなり)」と言うように、「病」そのものの療治は、力攻めであるがゆえに、同時に人をも傷つけること(「破国」)になり、いたずらに用いるものではない。「知可以戦、与不可以戦者勝(戦うべきと戦わざるべきとを知る者は勝つ)」わけで、いざという時の最終手段として適用するべきものである。あくまでも人の状態を治めること(「全国」)を主眼とする所以である。

謀攻篇は、次のような言葉でしめくくられる。「知彼知己者、百戦不殆(彼を知りて己を知る者は、百戦して殆うからず)」と。敵である「彼(病)」と「己(体)」との関係をよく見極められたならば、その情勢に合わせて適宜「戦(治療)」を進められ、必ず「勝(奏効)」をおさめることができる、というのである。

治療の原則は、戦わずして勝つを第一とし、状況に応じ力攻めを用うるを第二とすることである。

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