今月の言葉(2008年03月)
「古之所謂善戦者、勝於易勝者也。…勝兵先勝而後求戦」 『孫子』形篇より
「古の所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。…勝兵は先ず勝ちて後に戦いを求むなり」

「戦」を「療」に、「勝」を「治」に、「兵」を「病」におのおの変えれば、治療の上手な者の理(ことわり)になる。よき治療者とは、勝機を得て戦に臨む者、すなわち治癒の成否を見極め、治るべきものを治療する者である。

とはいえ、「見勝不過衆人之所知、非善之善者也。戦勝而天下曰善、非善之善者也。故擧秋毫不為多力、見日月不為明目、聞雷霆不為聡耳。(勝ちを見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり。戦い勝ちて天下善なりと曰うは、善の善なる者に非ざるなり。故に秋毫を挙ぐるは多力と為さず、日月を見るは明目と為さず、雷霆を聞くは聡耳と為さず。)」と前置きされるように、誰にでもわかる程度のごく当たり前の判断を指すわけではない。そこには普通の見方ではわからない情勢(病態)判断を要するのである。そうすることで無形の勝ちをおさめられる(誰も気がづかないないうちに奏効をあげられる)のであるが、それ故に、勝っても「無奇勝、無智名、無勇功(奇勝無く、智名無く、勇功無き)」ものなのである。それこそが、「未病」を治めること、つまりは平穏なるよい状態を維持することにほかならない。
 
逆に「已病(已に病む)」を治めることは、「敗兵先戦而後求勝(敗兵は先ず戦いて後に勝を求む)」ことなのである(「敗兵」は「敗病」と言い換えられ、「已病」に通ず)。後手にまわる以上、勝つこともある一方で、敗戦やむなしということも時として経験しなければならない。

治療に巧みな者は、「有形」ではなく「無形」の勝ちをおさめる者、すなわち「已病」ではなく「未病」をよく治める者である。

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