今月の言葉(2008年06月)
「夫兵之形象水」 『孫子』虚実篇より

「夫れ兵の形、水に象(かたど)る」

軍の形は、水と形を同じくする。「水之形、避高而趨下。兵之形、避実而撃虚。(水の形、高きを避けて下(ひく)きに趨(おもむ)く。兵の形、実を避けて虚を撃つ。)」とあるように、水は高い所から低い所へと流れるように、軍の形も敵の備えの充実した所を避けてすきのある虚弱な所を攻めるものである。治療も同様で、外に実現(自覚)される「病所」は、あくまでも内に空虚(見えない)なる「五蔵」の変調の象徴(しるし)であるから、病の本質である「五蔵」の虚を治めるのである。

敵の虚を衝くといっても、「水因地而制流、兵因敵而制勝。(水は地に因りて流れを制し、兵は敵に因りて勝を制す。)」というように、地形にしたがい流れる水のように、軍もまた敵状に応じて戦えた者が勝ちを制することができるのである。また敵状に応じるということは、「故兵無常勢、水無常形、能因敵変化而取勝者、謂之神。故五行無常勝、四時無常位、日有長短、月有死生。(故に兵に常勢無く、水に常形無し。能く敵の変化に因りて勝を取る者は、之れを神と謂う。故に五行に常勝無く、四時に常位無く、日に長短有りて、月に死生有り。)」というように、循環している五行や四季には常に一所に留まっていることが無く、また日の長さに長短があり月に満ちかけがあるように、水にも軍にも決まった勢いや形があるわけではなく、したがって、敵の情勢の変化にあわせて、その虚を攻めることなのである。それが戦の妙であり、最も巧みな戦略なのだ、としめくくられる。

治療もまた決まった方法があるわけではなく、常に外に変化する病状から内に居る「五蔵」の変化盛衰を見極め、実である「病所」ではなく、虚=病の本態である「五蔵」を治めていかなければならない。
要するに、「以表知裏、以陽治陰(表を以て裏を知り、陽を以て陰を治める)」ことが重要であり、具体的には外に現れている脈の浮沈遅数虚実滑渋や目の精気、肌や顔面の色、声の大小高低、肥痩などから、内の「五蔵」の虚実盛衰と「病」の予後(順逆)を診察し*、それに応じて体表の穴(ツボ)を選び、それを介して「五蔵」の虚を治めていくことが肝要なのである。
陽表に現れる「病所」への直接的な治療が相対的に等閑視されるのは、それが陰裏の「五蔵」の顕現にすぎないからである。


*診察につき参考になる箇所を『素問』より以下に引用する。
『素問』陰陽應象大論「善診者、察色按脈、先別陰陽。審清濁、而知部分、視喘息、聴音声、而知所苦、観権衡規矩、而知病所主、按尺寸、観浮沈滑渋、而知病所生以治、無過以診、則不失矣。」(善く診する者は、色を察し脈を按じ、先ず陰陽を別つ。清濁を審らかにして、部分を知る。喘息を視、音声を聴きて、苦しむ所を知る。権衡規矩を観、病の主る所を知る。尺寸を按じて、浮沈滑渋を観、病の生ずる所を知り以て治む、過無く以て診すれば、則ち失せざるなり。)。

脈要精微論「切脈動静、而視精明、察五色、観五蔵有余不足、六府強弱、形之盛衰、以此参伍、決死生之分。」(脈の動静を切し、而して精明を視、五色を察し、五蔵の有余不足、六府の強弱、形の盛衰を観、此を以て参伍し、死生の分を決す。)。


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