今月の言葉(2008年07月)
「兵者詭道也」 『孫子』計篇より

「兵とは詭道なり」

戦とは、正道に反して行い、[敵を]詭(あざむ)き裏をかくものである、と。すなわち「避実而撃虚(実を避けて虚を撃つ)」*1ことである。
治療も同じである。正道とは、誰もがすぐに考えつく「病所」への直接的に治療することにほかならない。よく治療する者は、「知病所生以治(病の生ずる所を知り以て治す)」*2者=病の大本である五蔵の状態を診察治療する者であって、それこそが治療における詭道であり、常道である。

だからこそ、「故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近…(故に能なるも之れに不能を示し、用なるも之れに不用を示し、近くとも之れに遠きを示し、遠くとも之れに近きを示す…)」などして敵をあざむきあなどらせ、そうして「攻其無備、出其不意(其の無備を攻め、其の不意に出ず)」るのである。
治療においては、意思を持たぬ「病」をあざむきあなどらせることはできないが、強く感じられる「病所」ではなく、そこに隠れた「病」の本体=五蔵の虚を注意深く見つけ出し、それに応じた治療は可能である。

直接、敵と「戦わずして勝つ」*3ことを第一とするのは戦のみにはあらず。治療もまたしかりで、「病所」への施術は、「攻城の法」*4と同じくしてやむを得ない場合、つまり急を要するなど必要と判断される場面に適用すべきである。あくまでも敵の虚を衝き不意を撃つことで下すこと、つまり病の本質=五蔵の虚を治めることで「病所」=五蔵の虚の顕現である実を消沈させることを主眼とすることが望ましい。

治もまた詭道である。


*1:『孫子』虚実篇(2008/06参照のこと)。
*2:『素問』陰陽応象大論(2008/06参照のこと)。
*3:『孫子』謀攻篇「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也。(百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。)」(2008年2月参照のこと)。
*4:「攻城之法、為不得已。(攻城の法は、已むを得ざるが為めなり。)」(2008年2月参照のこと)。


◆資料室へ戻る◆
| yoshioka49in | 資料室 | 02:28 | - | - | -