今月の言葉(2008年10月)
「軍無百疾、是謂必勝」 『孫子』行軍篇より

「軍に百疾無し、是れを必勝と謂う」

軍を進めるにあたり、兵士らの無病息災[を保ち続けること]が必勝に通じる、というのである。
治療を進めるにあたっても、その人の無病息災[を保ち続けること]が健康に通じている*1

では、どのような点に留意すればよいのだろうか。
凡軍好高而悪下、貴陽而賎陰、養生而処実(凡そ軍は高きを好みて下(ひく)きを悪(にく)み、陽を貴びて陰を賎しみ、生を養いて実に処(お)る)」と言う。
軍の駐屯地は、低地よりも高地を、陽の当たらぬ暗い所よりも陽の当たる明るい所を是とし、かつより生を養うべき水や植物など食糧補給の十分にできる場所を選ぶのが好ましい。
治療者(=患者)の衣食住や職場、人間関係などといった生活の習慣や環境も、できるだけ安定していることが好ましい。
これらの条件が悪ければ悪いほど、兵や治療者を疲弊させ、様々な不調を生じるもととなるのである。

裏を返せば、置かれている駐屯地や生活環境の状況から、勝敗の見通しや病の予後を知ることが可能になるということにもなる。病状もさることながら、こうした生活環境を知ることは、治療を進めていくうえで極めて重要であると言わねばならない。
例えば、患家に赴いたとしよう。日中にも関わらず部屋のカーテンが閉められ、かつ明かりも消されていれば、どんなに表向きの症状が軽くとも、それだけで回復が悪いであろうことが瞬時に察知されてしまう。さらに壁を向いて口も聞かないともなれば、その悪さたるやいかばかりであるか、察するに余りある。逆に、部屋の明かりを煌々と灯し、陽気に応対するならば、どんなに重病であろうとも予後は明るい、と判断される。
最近の韓国ドラマにもなった許浚(ホ・ジュン)の著した『東医宝鑑』の中で「喜明者属陽、元気実也。喜暗者属陰、元気虚也。睡向壁者属陰、元気虚也。睡向外者属陽、元気実也(明を喜(この)む者は陽に属し、元気実なり。暗を喜む者は陰に属す、元気虚なり。睡りて壁に向かう者は陰に属す、元気虚なり。睡りて外に向かう者は陽に属す、元気実なり)」*2とあるように、部屋の明るさや寝ている向きといった状況が、その人の元気の度合いを如実に示すのである。

最後に、「此兵之利、地之助也(此れ兵の利、地の助けなり)」と締めくくられるように、こうした行軍における良き駐屯地の選択、すなわち地の利は、兵士一人一人の利となり、引いては軍全体の利、戦の利となるのである*3。もし選択する地形を誤れば、「不必勝(必ずしも勝たざる)」ことになるであろう。
人における良き生活習慣や環境は、その健康を益するが、逆に悪い習慣や環境下にあれば損なわせる元凶となるのである*4

健康を考えるうえで私たちは、普段の習慣や環境を常に顧みて、できうる範囲で改善し、また維持していくことも自己の充実を計る一環として必要なのである。


*1:「その人の無病息災[を保ち続けること]が健康に通じている」とは、無病息災=健康、つまり「治療の要は、健康を保つ」ということである。
2008年2月の言葉とした『孫子』謀攻篇「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也。(百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。)」に象徴されるように、『孫子』全篇を通じて「戦わずして勝つことを最善とする」という原則が底流にある。そのためには、2008年4月の言葉とした『孫子』形篇「昔之善戦者、先為不可勝、以待敵之可勝。(昔の善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為し、以て敵の勝つべきを待つ。)」や2008年5月の言葉の中で引用した「無恃其不攻、恃吾有所不可攻也。(其の攻めざるを恃むこと無く、吾の攻むべからざる所有るを恃むなり。)」に示されているように、敵に負けぬ(病にならぬ)よう自己の充実を計ることが第一とされている。攻められて(病を得て)からはじめて対策を取ることは、勝っても(治っても)最善ではないし、いつ負ける(治らなくなる)かはわからないのである。
*2:内景篇二・夢・睡弁陰陽虚実より。本文は、龔廷賢の『万病回春』巻二・傷寒からの引用。
*3:余談になるが、『孟子』公孫丑下の冒頭に「天時不如地利、地利不如人和(天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず)」とあるように、天の時、地の利、人の和の三者が揃うことが重要であるが、とりわけ道徳を重んじるために人の和が第一とされる。さらに「得道者多助、失道者寡助。寡助之至、親戚畔之、多助之至、天下順之。………故君子貴不戦、戦必勝矣。(道を得る者は助け多く、道を失う者は助け寡(すくな)し。助け寡きの至りは、親戚も之れに畔(そむ)き、助け多きの至りは、天下も之れに順(したが)う。…故に君子は戦わざるを貴ぶも、戦えば必ず勝つ。)」として、人心がまとまればおのずと敵も少なくなり、戦わなくて済むわけで、そうした状況であれば例え戦っても負けることはないのであると強調する。『孫子』計篇冒頭の国家団結を第一と説いた「兵者国之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也。故経之以五事。……一曰道、二曰天、三曰地、四曰将、五曰法。道者令民与上同意者也。故可与之死、可与之生、而不危。(兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。故に之れを経(はか)るに五事を以てす。……一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法なり。道とは民をして上と意を同じくせしむる者なり。故に之れと死すべく、之れと生くべくして、危(うたが)わざるなり。)」を想起させる。
*4:そうは言っても、多くの場合は大きく習慣や環境を変えることが難しい。必ずしも悲観する必要はないが、こうした不可避な状況下にあっては、治療による利(プラス)と環境による害(マイナス)との得失によりおのずと予後が決まってくることを十分に理解しておかなければならない。それもある程度の時間を経た後の結果から逆算することになるが、当初に比して好転であれば利>害、一進一退であれば利≒害、漸次悪化であれば利<害と判断されるのである。
もう一度繰り返せば、習慣や環境の影響下に体調の短時的あるいは中長期的な低下が生じていくことで、それまで何ともなかった食物や周りの状況などに上手く対応できなくなるという、内的要因が問題の本質である(食物であれば嗜好の変化やアレルギーなど、周りの状況であればパニック障害など)。したがって、ある程度の周辺事情の改善を試みながら、自己の充実をどれだけ計れるかによって、こうした外部環境にどれだけ対応できるかが決まるのである。

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