今月の言葉(2008年11月)
「夫地形者、兵之助也」 『孫子』地形篇より

「夫れ地形は、兵の助けなり」

先月に引き続き戦における地形に関する内容になる。地形は、戦をするうえで[適に対してより優位に立つための]補助的な要素となると言う。
治療においても、人の生活習慣や環境の善し悪しは[病があるならばそれを着実に回復させていくために、病がなければ病にならぬようにするために]大切な意味を持つ。

もちろん、「料敵制勝、計険夷遠近、上将之道也(敵を料りて勝を制し、険夷、遠近を計るは、上将の道なり)」と指摘されるように、敵状を探るだけでなく、合戦する地形が険しいのか平らなのか、あるいは自陣から遠いのか近いのかを合わせ考えて[作戦を練り]勝算の有無を見通す将が最上なのであって、土地が勝手に助けてくれるわけではない。
病状を詳しく診察することだけでは事足りず、治療していく前に、病者の生活状況の良否をつぶさに知っておかなければならないし、それらを勘案して[治療方針を立て]予後を判断するのがいわゆる良医なのである。

だから、「知此而用戦者必勝、不知此而用戦者必敗(此れを知りて戦いを用(おこ)なう者は必ず勝ち、此れを知らずして戦いを用(おこ)なう者は必ず敗る)」のである。
治療する前に、病状のみならず病者の生活状況を含めて総合的に診断しない医者は、必ず治療に失敗してしまうのである。なぜなら、多くの場合は生活状況が病の根源になっているからである*1

最後は次のように締めくくられる。「故戦道必勝、主曰無戦、必戦可也。戦道不勝、主曰必戦、無戦可也。故進不求名、退不避罪、唯民是保、而利合於主、国之宝也(故に戦道必ず勝たば、主は戦う無かれと曰うも、必ず戦いて可なり。戦道勝たざれば、主は必ず戦えと曰うも、戦う無くして可なり。故に進みて名を求めず、退きて罪を避けず、唯だ民を是れ保ちて、而して主の利に合うは、国の宝なり)」と。
敵状をはかり地形を考え、戦の道理として勝算ありと判断されたなら、たとえ主君が戦うなと言っても、逆らって戦うべきである。逆に勝算がなければ、主君が戦えと命じても、断固として動かぬのがよい。いかなる時も功名を求めずに進むべきは進み、罪をもおそれずに退くべきは退き、民を大事にして主君の利をも得る将こそ、国の宝なのである。
生活状況の良否を知り病状の軽重を診、総合的に判断して予後が良いとなれば、たとえ病者が治療しても治らないのではないかと思っていても、続けていくべきである。逆に予後が悪いとなれば、病者が治療して早期に改善していきたいと願っていても、長期戦となることはやむを得ないのである。治療を担う者は、名声を求めず(名医たらんとせず)、また愚医のそしりを恐れずに、絶えず診断(予後判断)を踏まえた治療をおこない、病者の体を大事にして本人の願う所をできる限り実現していくための、いかなる助力も惜しんではならない*2

国の宝とはいかにも大仰だが、良医たらんとして日々進むのみである。


*1:『素問』疏五過論篇に「凡未診病者、必問嘗貴後賎。雖不中邪、病従内生(凡そ未だ病を診ざる者は、必ず嘗ては貴(たか)くして後に賎しきを問う。邪に中(あた)らずと雖も、病、内従り生ず)」とあるように、病の診察の前に、必ず地位や財産を失うことはなかったかといった生活状況を尋ねなければならないし、かりにそういったマイナスの変化があった場合には、暑さや寒さに影響を受けなくても、病はおのずと内に生じてしまうのだと言う。これを承けて「良工所失、不知病情(良工の失する所、病情を知らず)」として、良き医が失敗するのは、病が得るにいたった状況を知らないためであると戒めている。病に至るまでの出来事を尋ねた後でようやく病を診るのだが、「凡欲診病者、必問飲食居処、暴楽暴苦、始楽後苦。皆傷精気、精気竭絶、形体毀沮(凡そ病を診んと欲する者は、必ず飲食居処、暴楽暴苦、始楽後苦を問う。皆、精気を傷り、精気竭絶すれば、形体毀沮(きしょ)す)」とあるように、ここでも食習慣や住環境、度を超した感情の高ぶりやその変化がなかったかを問うておかなければならないと言うのである。やはり、それが体を害するもとだからである。それを怠ればどうなるか。今度は「愚医治之、不知補写、不知病情、精華日脱、邪気乃并(愚医之れを治して、補写を知らず、病情を知らざれば、精華、日に脱し、邪気、乃ち并さる)」として、さらにきつい苦言を呈している。確かに、病が起こった状況を聞かないのだから正確な診断はできず、したがって病状にあった治療方針も立てられず、通り一遍の治療方法しかできなくなってしまう。そうなると、先の良医の失敗どころではなく、体の精気が日ごとに消耗していき、病状がさらに悪化していくことになるのである。こうなると、愚かな医者のレッテルを貼られることになってしまう。要するに、衣食住をはじめ習慣や感情の起伏や過多などなどのあらゆるストレスによって不調が生じるものだから、不調そのものを診る前に、そうなるまでの状況をまず調べよ、ということである。私たちが最初にこれまでの経緯を根掘り葉掘り尋ねるのはこうした理由からである。なお、ここで参考にした疏五過論篇は医の犯しやすい診察における五過(五つの過失)を論じ、それに続く徴四失論篇は治療における起こりやすい四失(四つの失敗)が述べており参考になる。
*2:いかなる助力とは、治療は言うまでもなく、現状やそれに応じた治療方針の丁寧な説明のことである。なお、治療の継続は病者の意思によって決まるが、診断や治療方法の選択は施術者に委ねられていることは、双方が忘れてはならない。

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