鍼灸の話:難しいものは誰がやっても難しく、簡単なものは誰がやっても簡単である
この何気ないフレーズは、私が身を置く井上系の経絡治療の基本的なスタンスを、端的に表している。

私の先生(篠原孝市)、それから私の先生の先生の一番弟子であり、私の先生の先輩にあたる大先輩(依田良宗)から耳にした、もっとさかのぼれば、私の先生の先生(故井上雅文)の、またその先生(故井上恵理)からの、含蓄ある言葉である。

鍼灸は、個人の優れた感覚(ことに指頭の敏感さや繊細さ)、それも豊富な経験により培われる卓越した腕が第一とされ、またその技術なるものに支えられ、それが治療効果を大きく左右していると、まことしやかに思われている向きがある。
だとすれば、かけだしの若手をはじめ、臨床10年程度の中堅クラスでは、30年のベテランにはかなわず、おのずと治効も劣ることになってしまう*1。そうして、患者も自然とよりベテランの先生を選ぶという図式ができあがる。

はたして本当にそういうものなのであろうか。そうであるとすれば、ベテランの域に達するまではまともな治療ができないということになり、それまでの恐ろしく膨大な時間は、上手く治せるようになるためのいわば修業期間になってしまう。それは同時に、その間の患者がよき実験材料になるということでもある。こうなってくると、上手くいかなければ、施術者はおのれの未熟さという漠然としたものにいたずらに悩まければならないし、患者は下手な先生と見なすことになるだろう*2。いよいよベテランの壁は高くなるばかりで、この間の施術者は苦しいし、治療してもらう患者までもが苦しくなる。

いったい、ベテランの域とはどういったものなのだろうか。極論すれば、とにかくより高齢であることがすべてであるかのように見え、それは年齢が高くなればなるほど熟練の腕を持っている、あるいは持てるようになるという、ある種の浪漫的な思い込みのように思われてならない。
はっきりと言ってしまえば、名人や大家といった到達点がある、と誰もが信じて疑わないために作り上げられた、「曖昧模糊とした目標」のようなものである。


「難しいものは誰がやっても難しく、簡単なものは誰がやっても簡単である」

もう一度、この「名人」と称された先達の言葉を声に出して読んでいただきたい。名人であれ、大家であれ、はたまた若手中堅であれ、難しい病はなかなか治らないし、簡単な病は簡単に治るものである、と言うのである。
言わんとしていることは、「患者の病状が問題であり、それが予後を決定づける」ということである。

先の「名人や大家といった到達点」を目指すという態度は、施術者がほかならぬ自身の腕を問題とするのみで、「患者の病状」はまったく問題にしていないということが、これではっきりするだろう*3

「患者の病状」を問題にした瞬間から、個人の経験年数や施術者の腕の善し悪しは意味を持たなくなる*4。なぜなら、それらの個人的条件の良否に関わらず、難病は難病であり、軽い病は軽い病であるからである。要するに、「診断」=「患者の病状」には逆らえないのである*5
あまりにも有名な故事「病膏肓に入る」*6一つとっても、また『史記』扁鵲倉公列伝に記された伝説の名医である扁鵲や淳于意の治療の顛末を見ても、いかに診断を重視しているか。中国医学は、陰陽論を診断における根拠の一つにしているため、必ず「生(治)」と「死(不治)」に二分して白黒をはっきりさせるが、名医たちは「死」すと診断した場合には、[治療しても治らないものであるから]いずれも治療はせずにその場を去っている。私たちは、予後不良と判断しても治療を引き受けないということはまずないが、少なくとも安請け合いはできないし、しない*7

重要であるのは「患者の病状」であり、それを判断する「診察方法」なのである。
 
井上系の人々が、なによりもこうした事柄を問題とし、今なお問題とし続けている所以であり、古典文献の研究は、その現れである*8

ここで、重要である診察の中にも感覚と深く関わる脈診があるではないか、という声が聞こえてきそうであるが、確かに脈を診るという行為は、指を脈に当てて「拍動を感覚する」ことのように見える。しかし、「拍動を感覚する」といっても、あるがままの拍動をあるがままに感じ取っているわけではないところにポイントがある。
正確には、陰陽論に基づいたいくつかの概念によって「脈状(拍動の状態)を分別判断している」のである。具体的には、脈の強弱(虚・実)、上下(浮・沈)、流れの速度(遅・数)、流れの善し悪し(滑・渋)をそれぞれ分別するが、はじめから強い脈や弱い脈、浮いた脈や沈んだ脈状がどこかに存在しているわけではない。脈に触れてみたらすぐにわかることで、そもそも脈はただ拍動しているのみであって、漫然と脈を診ただけでは拍動していることのほかは何も感じ取ることはできないのだから。

重要なことは、陰陽論に基づいた「概念(ことば)」を前提にしなければ、脈診は成り立たないということである。

例えば脈の上下であれば、上下の強さの比較を通じて上>下であれば浮、上<下であれば沈というように、はじめて浮脈、沈脈というものを診ることができるのであって、ただじっと脈に触れているだけでは浮沈はわからない[ようになっている]。くどいようだが、脈状は存在していないのである。
だから、脈診と指頭感覚の鋭敏さとは、無関係と言ってよい。必要なのは、脈状を規定する「概念(ことば)」である*9

こうしたことから、臨床家である私たちは、診察を深化させるために*10、なによりもまずそれを支える「中国医学固有のことば(概念)」の理解を深めることに力を注がなければならない。それには「古典文献を介した伝統鍼灸の学理と歴史の解明」が不可欠かつ唯一の方法なのである*11。診察法としての脈診、治療法としての鍼灸、治療の場としての経穴、どれ一つとっても今なお「中国医学固有のことば(概念)」に規定されているのだから*12


*1:うがった見方をすれば、中堅からベテラン相当の年齢で転職する人もたくさんいるこの業界では、年齢だけを見ればそうした人がとても有利となるから、少なくとも若手に比べて患者からの信頼を勝ち取れることにもなるだろう。施術者にとっては、若手に比べて経験時間が短くなるという点においてマイナスであり、より密度の高い修業が必要になるということでもあるが。
*2:以下で指摘するが、「診察」がままならなければ「患者の病態」はつかめず、したがって明確な治療方針も立てられないし、予後もまったくわからない。そうした状況下でやみくもに治療を進めれば、施術者にはどれくらいで良くなるのか、あるいはそもそも良くなっていくものであるのかを考えようもなく、患者に病状説明もできないため、治療の結果にいちいち一喜一憂するはめになる。場当たり的な治療は失敗すると次がないが、診察に基づく治療であれば、診察の再評価によって治療を組み立て直すことができ、柔軟な対応が可能となる。
*3:鍼灸には、確かに治療における手技手法がある。それらは、あくまでも診察によって構築された病態像に応じて選択されるべき方法であって、単なるテクニックでもなく、感覚的な職人芸でもない。ただ手技手法のみを振り回すだけでは、パフォーマンスになっても、治療にはならない。手技手法は、病態に深く関わるため、診断(病態)に規定されるべきものである。
最近では、テレビやWebにおいて、治療風景や実技の実演をしばしば目にするようになった。しかし、少し考えれば分かることだが、メディアでの披露は、パフォーマンス以外の何者でもない。刺法や灸法は、治療のための技法であって、見せ物ではないのである。厳に慎むべきである。
*4:だからといって、痛い鍼、熱いお灸では話にならない。とはいえ、そうしたことがないようにできることが当たり前のことであって、問題にするまでもない。
*5:だから、診断を誤れば、おのずと治療も失敗することになる。たとえどんな名人、大家であったとしても例外ではない(逆に若手、中堅でも診断が正しければ、治療も当然上手くいくわけで、正確な診断抜きに熟練の腕をもって「効かす」ことはできないようになっている)。病の軽重を判断し、治療方法を左右する診察が、どこまでも重要なのである。が、その診察も熟練を要するのでは、という疑問も出てくるだろう。以下に述べるように、私たちの行う診察は「中国医学固有のことば(概念)」を前提としているために、その深い理解は欠かせず、したがってその理解度の差が無いと言えばうそになるだろう。むしろ、腕や小手先の技術の差よりも、「中国医学固有のことば(概念)」に対する理解度の格差は、はなはだしいと言わねばならない。手技は、時間とともに手慣れるものであるが、「ことば」の理解は、単に「ことば」を覚えればよいというものではなく、継続的な学習を要するからである。しかし、それは個人の問題であって、それこそ個々人の努力にかかっている。若手も中堅も、そしてベテランも、「ことば」の前にはまったく平等であるために、ベテランよりも若手や中堅の方がはるかに理解しているという、通常考えられている年功とは逆の結果もおおいに成立し得るのである。だから、ベテランといえども「ことば」の勉強(現行の治療体系と古典文献の研究)は欠かせないのである。年齢を重ねるごとに、それだけ理解度も深まっていることが要求され、それだけにどんどんつらくなると言ってもよい。こうした姿が本来的な年功と言うべきであろう。診察を誤らないために、また治療を失敗しないために、つまり診察を深め治療の可能性を押し広げるために、私たちは常に「ことば」の理解を深めていかなければならないのである。
なお、「ことば」を前提にした診察方法や治療体系は、その「ことば」を介して共通の理解が得られ、また客観的な議論、再構築が可能になる。経絡治療は、創案されてからすでに70年ほど経ち、治療体系の構築に携わった先達は一人もいないが、それを支える「ことば」が残されているために、今も命脈を保っている。その中には、創案者や大家の個人的な言動も含まれており、名人や大家に憧れや畏敬の念を持つ人が、なかば信奉するようにそれを盲信することがある。そこは鵜呑みにせず、批判的にその言動の裏にある考えなり論理なりを見ていく必要があるだろう。そうしなければ、たとえ誤ったものであっても、その言動に支配され続けることになり、過去の成果を正しく評価できないばかりか、さらに発展させることは不可能になってしまう。
*6:『春秋左氏伝』成公十年の「医至。曰、疾不可為也。在肓之上、膏之下。攻之不可。達之不及。薬不至焉。不可為也。公曰、良医也。(医至る。曰く、「疾は為(おさ)む可からず。肓の上、膏の下に在り。之れを攻むるも可ならず。之れを達せんとするも及ばず。薬は至らず。為(おさ)む可からず」と。公曰く、「良医なり」と。)」が出典。
*7:しつこいようだが、「すぐに治る」のは「病が軽い」からであり、「すぐに治らない」のは「病が重い」からであって、必ずしも「すぐに治る」ことが「腕が良い」わけでも、「すぐに治らない」ことが「腕が悪い」わけでもない。治効(結果)=腕と即座に見なす視点は、施術者を時に高慢にさせ、時に萎縮させ、また患者を不信にさせる。こうした偏見は、盲目的で、物事の本質を見極める機会を奪うものである。
*8:そうした中で近年(1970年代後半)、診察において最も重要な脈診の、従来の方法(六部定位診)の不備を補うために、古典文献に基づいて理論構築した新たな方法(人迎気口診)が導入されるに至った。
この方法は、故井上雅文先生が体系化した脈法で、〔證(脈状の示す病態)と手足の要穴とを結びつけることですべての要穴の選穴を可能にし、また内外傷の弁別によって陽経の選定を可能にしたことで、初期経絡治療の診察における諸問題(診察の範囲が経絡の虚実に限られ、陰陽虚実證の判定や内外傷の弁別などの病態把握と予後診断ができず、また陽経の選経、要穴の運用のための十分な理論がないなど)を一挙に解決し、井上系の経絡治療にとって大きな進展をもたらした。また、新しい脈法を取り入れるにあたり、従来の六部定位診をそのまま継続する道を選ぶことで、それまでの30余年の諸成果を生かす形で診察治療の幅を広げたその意味は大きい。
*9:脈状を規定する「概念(ことば)」は、自分勝手に決めたり作り出してはならない。必ず古典文献の記述を根拠にして定義づける必要がある。そうすることで、脈診ははじめて共通の理解・共同性を獲得でき、私たちは臨床的な問題や定義そのものの是非について同じ立場から議論ができるようになる。脈診に限らず、あらゆる認識は非個人的・体系的なものでなければならない。
なお、脈状はそれのみではさほど意味を持たない。脈診方法、つまり診脈部位によって意味するところが変化し、方法固有の病態像が構築されることではじめて診察が成立する。現在、日本で行われている六部定位診、人迎気口診、脈位脈状診などの脈診法には、それぞれ固有の診脈の方法と診察の領域があり、いずれの方法を選択してもかまわないが、それらは明確に区別されなくてはならない。脈診法もまた、「ことば」によって厳密に定義づけされる必要があることは言うまでもない。
それから、「診察」の「察」であるが、日本では「察する」と訓読し、「推し量る」という意味で用いられる。一方、中国では「審(つまび)らかにする」、「別(わ)ける」、「弁(わきま)える」という意味で用いられ(出典省略)、日本的な意味はない。したがって、古い医書でしばしば目にする「察五色(五色を察す)」、「察先与後(先と後とを察す)」、「察其寒熱(其の寒熱を察す)」、「察其浮沈(其の浮沈を察す)」、「察其所痛(其の痛む所を察す)」などなどの文は、いずれもどちらかはっきりと弁別するという意味になる(出典省略)。脈診や触診、取穴など、ありとあらゆる事柄が、感覚的な問題と間違えられる理由の一端は、「察」の日本的な語感に引っ張られていることにあるのかも知れない。
*10:繰り返しになるが、治療方法(ツボの選択や鍼灸の手技手法)は診察による診断に規定される。したがって、診察の深まりは、同時に治療の可能性を広げることにつながっていることは言うまでもない。
*11:長い歴史の中で中国医学は、常に発展し続けたわけではなく、時に断絶し、時に改変され、新たな展開もあった。その過程で、改変するにも、新たな見解を打ち出すにも、必ず古い言葉を使って新しいものが語られるために、新しい言葉と古い言葉がない交ぜとなって時間的な前後関係が失われ、文脈が複雑な構造を取っている。例えば『素問』一つ取っても、各篇の五行配当など医学理論や文体の相違、あるいは同一篇内での内容の矛盾、二つの篇が経と注という関係にあることなど、別々の文が合成され、諸篇に先後関係が認められ、一時一期にできあがったものではない。私たちはまずこういった不統一性を明らかにして、それらを統一的に解釈するのではなく、空間的および時間的な観点から全体を理解していかなければならない。それは、文字の示す意味や概念、さらには全体としての医学理論の変遷や興亡を理解することそのものなのである。特に医学用語の大半が未整理の状態にあるために、それらの研究は必須である。
もう一度繰り返せば、伝統医学は、漢代にその原型(原典)が成立し、六朝期の断絶を経て、原型の解釈・再編により隋唐代にその性格が確立され、北宋代の宋改(唐以前の医書の校刊)により定着し、金元明代の新たな理論展開をもたらした。現行の伝統医学は、直接的にはこの金元明の医学(江戸時代の医学を含む)に淵源しているが、それ自体は漢代の医学の言葉を用いて再構成されているという性格上、その理解も同時に必要となる。
古典文献の研究は、まず書誌文献学の立場から進められるが、単に過去の歴史を知ることでもなく、古典に書かれている医学そのものを復興するためでもなく、現行の伝統医学の可能性を広げるために行われるものであることを、特に強調しておく。
*12:この「中国医学固有のことば(概念)」やそれを支える陰陽論や五行説は、無秩序な現実を秩序立てて捉えるための「ことば」であり論理であって、事実や経験の蓄積そのものではない。医書の言が、事実や経験そのものを祖述したものとしばしば見なされるが、抽象化された様々な論理の羅列と見るべきである。なお、こうした論理は、現実に適用される時には必ず何らかの食い違いを見せ、そこに論理の応用が要求される。
例えば、古典に風邪の脈は左(人迎)の脈が浮いて強い(浮実)ことと規定されているが、実際には風邪の症状を呈しても〔が浮いて弱かったり(浮虚)、¬が沈んでいる場合もあれば、Lが浮いて強いにも関わらず風邪の症状が全く無い場合もある。,任△譴弌¬が弱くても症状から風邪の治療するか、あるいは脈に従って治療をするのか決めなければならない。△任△譴弌¬の示す病態(脈證)と実際の症状の不一致を予後不良と判断して脈に従い治療していくのか、あるいは症状からあえて風邪の治療するのか判断しなければならない。であれば症状が無いだけでこれから発症する可能性があると診るのか、あるいは別の問題性を考えるのかということにつながっていく。ほかにも痩人の右(気口)の脈は浮、肥人は沈であることが順と規定されているが、実際には痩人でも沈んでいたり、肥人でも浮いていることは多々ある。これについては、痩人が沈、肥人が浮であることは逆であると同時に規定されているが、もし現実を忠実に祖述するとすれば、肥痩と浮沈の順逆という論はまず成り立たないし、陰陽論による肥痩と浮沈の関係づけがなくては出てもこない。
こうした理論と現実の齟齬は、ありとあらゆる場面で出くわすため、古典の記述をそのまま現実に適用して検証することは無意味である。取捨選択はもちろん、運用するには工夫が必要なのである。また、陰陽論や五行説を運用するにあたり、その論理展開(ルール)を無視して診察や治療を組み立てることはしてはならない。仮にそれで治効があったとしても、その治療は論理不在の経験的なものだからである。それを許せば、もはや中国医学的ではないし、そもそも私たちにとっての治療は「効けばなんでもよい」ものではないのだから。
長くなったが、現行の鍼灸には「中国医学固有のことば(概念)」を用いずに「現代医学のことば」を以て診察し治療していく方法も確かにある。そちらの方法が大勢を占めているのだが、私は「治療に鍼と灸を用いることが、鍼灸治療である」とは全く思わない。
09年2月27日初稿、3月6日改訂増補



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