今月の言葉(2009年4月)
「兵非益多也」 『孫子』行軍篇より

「兵は多きを益ありとするに非らざるなり」

戦において、兵の数が多ければそれでよいわけでもなく、兵力が強力であればそれでよいわけでもないというのである。

なぜか。「夫惟無慮而易敵者、必擒於人(夫れ惟だ慮(おもんぱか)ること無くして敵を易(あなど)る者は、必ず人に擒にせらる)」というように、兵の数や力にまかせて何も考えずに敵をあなどっている者は、敵の捕虜にされるに決まっているからである。
治療においても、各種の治療法や治療道具をただ取り揃えていればよいわけでもなく、また治療の量がただ多ければよいわけでもない。豊富な治療法や道具の備えに安心し、また施術の量にまかせて病を軽んずれば、治療はきっと失敗することになるだろう。

どうすればよいか。「惟無武進、併力料敵、足以取人而已(惟だ武進すること無く、力を併わせ敵を料れば、以て人を取るに足らんのみ)」というように、力まかせに勇んで猛進せず、兵はしっかりと団結し、かつ敵状をよく探り[形勢に適切な戦略を立て、それに応じた戦術を駆使したなら]、きっと勝ちを得られるであろうというのである。

より詳しくいえば、次のようになる。
「併力」の基本は、計篇「道者、令民与上同意也(道とは、民をして上と意を同じくせしむる者なり)」や謀攻篇「上下同欲者勝(上下の欲を同じうする者は勝つ)」(2009年1月)のいう一致結束であるが、虚実篇に「形人而我無形、則我専而敵分。…則我衆而敵寡。能以衆撃寡者、則吾之所与戦者約矣(人を形せしめて我に形無ければ、則ち我専(あつ)まりて敵分かる。…則ち我衆(おお)くして敵寡(すく)なし。能く衆きを以て寡きを撃つ者は、則ち吾の与に戦う所の者は約なり)」というように、実戦においては一致結束のもと、戦略によって敵の兵力を分散させて我が兵力を集中させることで、結果的に敵よりも兵を多くし、戦を有利に進めることをも意味している。
そうするには、自己の状況はもとより「料敵(敵を料る)」ことで形勢(両者の力関係)を判断し、それに応じた戦略を練ることが同時に必要となる。計篇に「未戦而廟算勝者、得算多也。未戦而廟算不勝者、得算少也(未だ戦ずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦ずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少ければなり)」といい、虚実篇に「策之而知得失之計(之れ[=敵状]を策りて得失[自己の利害=勝算]の計を知る)」(2008年9月)というように、必ず戦をする前に敵状と自己の状況とをよくよく勘案して勝算の有無、形勢の善し悪しを見極めなければならない。そうすることではじめて戦をするべきか否かが決まり、また具体的にどう進めていくべきかを考えていくことができるというものである。謀攻篇に「知可以戦、与不可以戦者勝(戦うべきと戦わざるべきとを知る者は勝つ)」(2009年1月)、「知彼知己者、百戦不殆(彼を知りて己を知れば、百戦して殆からず)」(2009年2月)といわれる所以である。
こうしたことをふまえたうえで具体的な戦略を練っていくことになるのだが、「形人而我無形、則我専而敵分(人を形せしめて我に形無からしめ、則ち我専(あつ)まりて敵分かる)」状況にさせることが最大の眼目となる。そのために謀攻篇において「以虞待不虞者勝(虞を以て虞ならざるを待つ者は勝つ)」、「識衆寡之用者勝(衆寡の用を識る者は勝つ)」といわれるのである(2009年1月)。
さらに、虚実篇に「以吾度之、越人之兵雖多、亦奚益於勝哉。故曰、勝可擅也。敵雖衆、可使無闘(吾を以て之れを度るに、越人の兵多しと雖も、亦た奚(なん)ぞ勝に益せんや。故に曰く、勝は擅(ほしい)ままにすべきなり、と。敵、衆しと雖も、闘い無からしむべし)」ともいわれるように、「惟無武進(惟だ武進すること無く)」という戒めは、こうした理由からである。

したがって、治療においてもまず患者と施術者の信頼関係が築かれていることが最も重要である。そのうえで、病者の状態(生活環境の良否や感情の起伏など)と病状とをつぶさに診察し、診断に応じた治療方針を立てることで、はじめて施術を進めていくことができるというものである。
料敵(敵を料る)」ことは、診察することであり、戦略を練ることは、診断に応じた治療方針を立てることである。治療の方法や使用する道具、施術の量は戦術に属す事柄であるから、なによりもまず病勢に応じた適切な戦略を決定することが第一となる。戦術たる治療法や道具は、戦略たる治療方針、ひいては診察によって構築(診断)された病態像に応じて選択駆使されるべきものであるために、その備えは万全であるべきであるも、それだけでは用を為さないし、まったく安心もできない。

備えとしての戦術を十全に生かせるかどうかは、適切な戦略を立てられるかによって決まる*

そのために、軍師たる施術者は、病者の状態と病状との関係を細かに診察することで病勢(形勢)を診断し、病の推移を予測することを片時も怠ってはならないのである。


*:これまでたびたび述べてきたように、『孫子』における最善かつ最も高等な戦略は、「戦わずして勝つ」ことである。交戦は、双方が兵力を損なうために、できるだけ避けるべき事柄であり、やむを得ず取る次善の策とされるのである。これが国を全うするための基本的な姿勢である。したがって可能な限り戦をせずに済むよう、敵に負けない(つまり攻め込ませずに敵を屈服・服従させる)だけの自国の充実を図ることが最も重要な戦略となる。
治療においても同じで、病にならない(あるいは治していく)だけの自己の体力(いわゆる自然治癒力)の充実を図ることが最も重要かつ根本的な対策である。確かに急な発病(敵の来襲)には、それに応じた対処(力攻めとしての逆襲)も必要となるが、多くの場合は自己の衰えによる慢性的な病であるため、対症状の治療=戦はするべきではないし、しても自己の体力をより損なうだけで無益である。
例えば肩こりや腰痛などの痛処への直接的な治療などは対症治療の最たるものであるが、こうした単純な治療の多用は避けるべきである。一口に肩や腰などのこりや痛みといっても、肉体労働によるその部分の疲労が原因で起こった症状であることははなはだ少なく、長時間のデスクワークや人間関係のトラブルなどの精神疲労が原因であることがほとんどであって、それも精神疲労に伴う諸症状の一つにすぎないのだから。
それは原因と結果の齟齬といってもよいが、そのために部位そのものの問題として捉えるのではなく、全身的な観点からの診察・治療が必要となるのである。そもそも病の回復は、自己の自然治癒力によってなされるものであるために、その充実が最重要課題となるのであって、病そのものへの治療の重要度は相対的に低くなるのである。
詳しくは2008年2月(謀攻篇「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也」)3月(形篇「古之所謂善戦者、勝於易勝者也。…勝兵先勝而後求戦」)4月(形篇「昔之善戦者、先為不可勝、以待敵之可勝」)5月(九変篇「故用兵之法、無恃其不来、恃吾有以待也」)8月(勢篇「凡戦者、以正合、以奇勝」)10月(行軍篇「軍無百疾、是謂必勝」)11月(地形篇「夫地形者、兵之助也」)2009年2月(謀攻篇「知彼知己者、百戦不殆」)の言葉をそれぞれ参照のこと。

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