来院者から一言 2012/10/16
・37歳女性 ・住所:横浜市戸塚区
・きっかけ:当院HP
・初診日:2011年8月
・主訴:不妊
・治療頻度:週1回〜月3回
・経過感想など
 2011年7月に初めての体外受精に臨みました。17個もの卵子が採れましたが、まったく受精せず、緊急で顕微授精に切り替えました。それでも成長が途中で止まり、子宮に戻すことはできませんでした。お腹がパンパンに腫れ、夜間の頻尿や気分の落ち込みなど薬による副作用にたえながらの大変な治療でしたが、医師からは「卵子の質が悪いから成長しなかった」と言われただけでした。
 その時、鍼灸で体質を改善してもう一度挑戦しようと思い、吉岡先生のもとを訪ねることにしました。
 当時、夜間の頻尿(日中も普段よりは多かった)に悩まされていましたが、自分ではそれが負担の多い不妊治療による消耗の結果だとは気付いていませんでした。まずは夜間尿がなくなることが回復の目安になるとのことで、通い始めて1ヵ月ほどで回数が減り、その後は仕事が忙しすぎて寝不足が続くことがなければ起きなくなりました。
 私が体外受精を必要としたのは、左の卵巣の機能が悪く(卵管は細いものの通っているが、排卵が4ヶ月に1度あればよい程度)、状態のよい右の卵巣は卵管がつまって自然妊娠ができないためでした。通い始めて2ヵ月ほどした頃、不妊治療により止まっていた排卵が右からあったことが病院で確認され、3ヶ月以降は右よりもむしろ左から排卵するようになりました。吉岡先生に、自然に授かる可能性が出てきたことを指摘されてはっとしたことを思い出します。もともと自然妊娠を目指して2011年3月に左右の卵管狭窄を解消する手術を受けたものの、すぐに狭くなり自然妊娠を諦め、いつしか夫婦の関係すら無くなっていたのです。日頃から先生に言われていた、「閨房のことに限らず二人の関係がなによりも大事であること、子供あっての二人ではなく二人あっての子供であるということ」を、急に実感されたのです。
 以降、自然妊娠の道も捨てずに、2012年5月まで体調を整えてきました。残念ながら自然に授かることはありませんでしたが、納得して2度目の体外受精に臨むことができました。
 その結果は不本意なもので、それなりの時間をかけて準備してきたこともあり、かなり落胆もしました。ただ、吉岡先生が言うように、昨年末から続いた職場の環境の変化と、それに伴う仕事の倍増と残業による過労を考えれば無理からぬことだった、ということもわかります。年明けからは、ときおり夜間尿がありましたから。
 その後、子供が欲しいばっかりに、二人の関係を忘れがちにもなりましたが、夫婦で話合い、すべてを受け入れ、今後は自然に授かれば授かった時と思って、病院での治療はやめることにしました。
 通院のストレスから解放され、主人と二人の生活を楽しむようになり、夏休みには久しぶりに旅行にも出かけました。
 そして9月半ば、生理が遅れていることに気づき市販の検査薬を試したところ、なんと陽性反応!あれだけ最先端の治療をしてもだめだったのに、自然妊娠したのです。
 残念ながら8週で稽留流産となってしまい激しく落ち込みましたが、少し落ち着いた今は、なんとなくまた授かれるような気がしています。
 過度の期待や考え過ぎがストレスになること、実はこうしたストレスがいちばんの不妊の要因だったのではないかということに、ようやく気付いたので、まずは体の回復に努めて赤ちゃんが戻って来てくれる日を気長に待とうと思います。

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